2006年10月28日 (土)

応援の方向性(4)~試合の前は

昼の続きです。

入場人員を増やすためのポイントと考えられる3つ目は“場所”についてです。

“場所”とは言っても、既にカシマスタジアムは関東の東の果てである鹿嶋市にあって移動できるものではありません。

ですから、この場合の“場所”というのは、見に来たいと思ってくれている人々がためらうことのないようにすることが必要だと思っています。

これには交通手段のような距離的なものもだけではなく、仕事や行事で来たくとも来れないといったような時間的な問題も含まれます。

では、“場所”についての各々の取り組めることとは、
(クラブ)行政や企業と協力して、東京からの直行バスを運行する。(既に実施済み)より多くの人々が見に来ることが出来るように、マッチメイクを熟慮する。(地元のイベントがあるときはアウェー開催とする。)
(地元)ホームゲーム開催日には、運動会などの行事を重ねないようにする。
(企業)東京から試合時間に合わせた、直行電車を走らせる。

その他にも、交通費の一部補助とかあっても面白いかもしれませんね。

という訳で、サポーターができることとしては、「まずは、シーズンチケットが完売となるように皆で購入して、クラブの売り上げに貢献する。」「スタジアム中を巻き込むほどの素晴らしい応援パフォーマンスを行う。」といったところでしょうか?

具体的には、今のゴール裏の応援ではそれには程遠い状況であると言われていますが、現在のインファイトを中心とした応援はそれなりに素晴らしいものだと自負しています。

ならば、浦和や新潟のようにスタジアム全体が振動するような応援にするには、現在のゴール裏から熱狂的な人々がバックスタンドやメインスタンド方向にも溢れていかなくてはならないでしょう。

そうです、指定席で観戦する人々は立ち上がって応援することができないのです。

そうしたくてもできない場所となっているからです。

だったら、今の指定エリアを一部自由席にして、インファイトのOBメンバーや「どこでもやってやる」といった気概をもった若手グループなどがそのエリアで応援すれば、いまのゴール裏が広がることになります。

ただ広がっただけでは応援は薄まってしまうので、自覚を持って広がらなければいけません。

例えば、バックスタンドゴール裏よりの1Bが自由席になれば、そこでは立って応援することも可能であり、インファイトの赤ヘル軍団や年配者、子供連れがそこへ行くことができます。

このような人々は出す声が小さくても、みんな立って応援したいと思うのです。

でも疲れやすいので若い人達のように飛び続けるなんてことは無理で、たまには座って休憩したいのです。

ですから、このような人々が行く場所を作ってあげなくてはならないのではありませんか?

そうすれば、若いパワーのある人達が遠慮なくゴール裏の中心に固まることができると思うのです。

今居る年配者や子供連れに、ただ「応援のパワーが弱まるから出て行け!」というのでは、それは余りにも乱暴で一方的な意見過ぎると思います。

とはいっても、サポーターの考えだけではこのような場所は作ることは出来ず、当然クラブの協力が必要となってくるのです。

だから、この場合はクラブとサポーターが同じ方向性を持って取り組むことが必要不可欠となってくるのです。

 

 

あ~、話が広がりすぎて取り止めが無くなってきてしまった。

言いたいことが伝えられているかどうか分かりませんが、とにかくこのような考え方で“できる事”を探していくしかないと思っています。

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応援の方向性(3)~試合の前は

スタジアムにどうすれば多くの観客を集めることが出来るのだろうか?

今年のイヤーブックには、個人的には腹が立って仕方ないのだが小笠原が書いた「満員」という文字、最近になってこの小笠原の言葉は「意外と的を得ている。」と感じるようになってきた。

スタジアム全体が盛り上がるためにも、選手が張り切ることができるようになるためにも、「満員」という状態であることが最もそうなる可能性を秘めています。

さて、前回に続き“スタジアムにより多くの人々に来たもらう”ためには何が必要なのかを考えてみたいと思います。

今、思いつくことは、「見に来よう」と思ってもらえるような“魅力”があること。

そして、家族でも、おこづかいの少ない学生・児童でも見に来れるような“手軽な料金”であること。

さらに、見に来ることをためらうことのないような“場所”であること。

この3つが問題として取り上げることができると思います。

では、これをどのように考え、誰が取り組むのか?

選手だけでも駄目、クラブだけでも駄目、サポーターだけでも駄目、地元だけでも駄目、企業だけでも駄目、皆が力を合わせて一緒に(同時期に)取り組むことが最も効率よく成果を生み出すことができるのではないでしょうか?

“魅力”については、
(選手)「凄い、楽しい、また見に来たい」と思わせる試合をすること。
(クラブ)「あの選手を生で見てみたい。」と思われるような選手のプロデュース(適当な言葉かどうかわかりませんが)をすること。
(サポーター)「凄く興奮する。ワクワクする」と思ってもらえるようなスタジアムの雰囲気作りをすること。
(地元)ディズニーランドに近づくにつれて気持ちが高まってくるように、スタジアムいや鹿嶋に近づくにつれて気持ちが高ぶるような街づくりをすること。
(企業)
(行政)潮来ICからスタジアムまでの道路の街燈にフラッグを取り付ける。

“手軽な料金”については、
(クラブ)無料パスのようなものでドンドン勧誘したいが、クラブとしても(SOCIOのような)ステータスがあるだろうから、“ばら撒き”とはならないように公共団体や施設、学校といった公の団体に配ることを推進する。今のように、試合毎ではなく「毎回全部やって、絶対に満員にするんだ!」くらいの気持ちで取り組んで欲しい。飛行機と同じで、客が一人しかいなくても運航しなくてはならないのなら、どれだけ安くしても満員で運航した方が良い。~新潟方式
(選手)選手会で毎回、施設の子供たちや老人達を指定席に招待したらいいのに!
(サポーター)シーズンチケットを無駄にしないこと。クラブが「買って欲しい」と思うチケットを買ってあげること。
(地元)
(企業)スポンサーの招待券を生かすこと。(無駄になっていることが多いのが現実ではないですか?)

う~ん、昼休みの時間がなくなってしまった。

続きは次回ということにしてください。

すみません。

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2006年10月26日 (木)

応援の方向性(2)~試合の前は

試合中の応援や試合終了後のゴール裏については、「声が小さい」とか「温い」とか実際の絵を見ることが出来るため、良いところや悪いところがはっきりしているのかもしれない。

でも、そのような応援は一人の人間が「鹿島アントラーズ」というチームや、そこに所属する選手を好きになった時から始まっているのではないだろうか。

というのは、「実際の応援がどうのこうのといった議論だけでは解決できないものもあるのではないか?」という疑問が私の中にあるからである。

事実、入場待ちの列の声としてよく聞かれるのが、「地元の人は来なくなちゃったよね。」とか「やっぱりスタジアム改築がターニングポイントだったよね。」といった地元離れを悲しむ声が非常に多い。

それと、「鹿島のファンやサポーターは女性の割合が高い。」「チケット料金が高い。」「若いパワーのある男が少ない。」といった話もよく耳にする。

そう、いま現在のゴール裏にいる人間だけを想定した問題定義や改善というのは、何をやっても“その場しのぎ”になってしまう虞があるので、やっぱりスタジアムへの来場者を増やすことが一番初めに取り組むべきことのような気がします。

昨日の日ハムの試合で何か選手のパフォーマンスがあったようだが、テレビや新聞のメディアはそのようなものを喜んで大きく取り上げる。

“シリアス”と評された中日とは対照的に、札幌、いや北海道の人々は否が応でもマスコミによって盛り上がりの渦に巻き込まれ、「私もスタジアムで、LIVEで楽しみたい!」という雰囲気が作らる。

やっぱり「鹿島がどうのこうの」「スタジアムの雰囲気がどうのこうの」というように、ゲーム(興行も含めて)を評価するのは、サッカーで言えばゴール裏以外の観客。(サポーターでなくファン)でありマスコミであると思う。

故に、カシマスタジアムにより多くの人々を呼び込むことが大切だということが理解できるが、併せて、“着てくれたファンをどのように喜ばせるのか”ということを用意できていなくてはならず、これが応援の問題としての根本なのではないかな~?と思う。(自分でも、未だはっきりと断言するまでには至っていない。)

それ考えることが、応援の方向性を考える上で避けて通れないことだと思います。

クラブ、選手、ゴール裏のサポーター、地元、行政、企業、スポンサー、全ての関係者がポリシーを共有して、同じ方向性で各々の部門で取り組むことができれば、物凄いパワーで劇的な変化が期待できるのだが、それはとっても難しいことでしょうね。

一つに纏まることが出来れば・・・・

具体的な改善案は次回に。

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2006年10月22日 (日)

応援の方向性(1)

昨日の横浜戦では、選手達は最後の挨拶の時に、一旦は看板のところで立ち止まり整列した。

しかし、挨拶に躊躇していたのはゴール裏のサポーターの様々な声が聞こえていたからだろう。

そして、「くよくよしたってしょうがないだろう!下向くなよ!」「来いよー!」と言った声に促されるように、看板の隙間に立っていた曽ヶ端が右手でそっと他の選手達を促し、看板を越えてみんなの前までやって来てくれた。

その瞬間にチームコールが沸き起こり、選手達は顔を上げて手を振ってコールに応えた。

ここまで来るのにどれだけの時間がかかったのだろう。

選手にとってもサポーターにとっても、“次”が感じられる瞬間だった。

結果的に試合に負けたのに、選手に対しては拍手とチームコール。

これを「ヌルい」と一言で片付けてしまっていいのだろうか?

 

「最近の鹿島アントラーズのゴール裏はヌルい」、「鹿島の応援は危機的状況だ」と言った声を耳にする。

いや、目にする(インターネットで)ことが多くなってきた。

  

浦和が凄いのか?新潟や東京といった他のチームが凄いのか?

女、子供が半数以上いる状況がまずいのか?

応援のボリュームや音質が問題なのか?

地元(ホームタウン)が冷めていることや、クラブの力の入れ方が問題なのか?

これまでアントラーズを支えてきた「インファイト」に、今後期待するものは何なのか?

若い男連中が圧倒的に少ないことが問題なのか?

 

いろいろな場所で、このように様々な問題が発信されているが、一体、鹿島アントラーズサポーターはどこへ行こうとしているのか?

どのような応援と選手達のパフォーマンスをスタジアムでの理想としているのか?

私自身はここ数年でサポーターとなった新参者であり、ジーコレオナルドジョルジーニョや秋田、長谷川といった選手がいた時の熱狂を知らない。

15000人収容の規模だったスタジアムで、チケットを手に入れること自体が非常に困難だった“あの頃”を知らない。

だから、「これが理想だ」というものが今は見えていない。

だから、今の鹿島の応援に対してはそれなりに自信と誇りを持っている。

この理想と現実のギャップがどのようなものなのか?

どのような応援が凄い(素晴らしい)応援といえるのか?

どうすれば皆の考えているような理想に近づけるのか?

毎回と言うわけにはいかないが、試合の度に色々な人々に鹿島アントラーズと応援の歴史を教えてもらいながら、「応援の方向性」と題して少しずつでも自己流に考えて行きたいと思っています。

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