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2007年1月 5日 (金)

帰省

明日から正月の変わりに帰省します。
故郷は三重県の四日市です。

サッカー好きの人ならご存知でしょうが、四日市はサッカーがとても盛んな地域で、私も多分に漏れず子供の頃から少年団でサッカーをしていました。

小学校4年生から初めて高校2年生までずっとサッカー部で活躍してました。

活躍とは言っても、上級生になってレギュラーになるという極々平凡なプレーヤーであったに過ぎませんが。
私の子供の頃のサッカーといえば、今で言う3-3-4の古典的なスタイルで、ミッドフィルダーではなく「ハーフ」と言われていた古い時代のものです。

小学校の時はハーフやウイング、中学校の時はウイング、高校時代はハーフのポジションで、左右両方のサイドをこなすことが出来ました。
意外と足は速かったのです。
でも、体が小さかったので“すばしっこい”タイプの選手として起用されていました。

当時は、練習でも「水を絶対に飲んだらいけない」とか「学校への坂道をウサギ跳び」が当たり前で、ゲルトミュラーベッケンバウアークライフといった選手が有名で、奥寺が初のプロ選手になるといったニュースも記憶に残っています。

岡野俊一郎という名前もよ~く覚えています。(TVでの露出が多かった名前です)

スパイクは、「ウォルフガング・オベラーツ」だったことが懐かしい思い出ですね。

ペレの後継者としてジーコという若い選手が現れたという記憶もかすかにあります。

私の所属するチームは小学校時代から強く、小中学校では「優勝」か「準優勝」しかなく、高校では「全国高校サッカー選手権大会県予選」でノーシードから勝ち上がって、準決勝で四日市中央工業に敗れたのが最も悪い成績でした。

当時、三重県では野球よりもサッカーの方が盛んなスポーツでしたが、観るスポーツとしてはプロ野球の足元にも及ばず、サッカーは観るよりも“する”スポーツであると思ったものでした。

日本リーグを見ていても途中で眠くなってしまい、観ていて興奮したり楽しかったのは高校サッカーくらいでした。

その時代から思えば、現在のJリーグや日本のサッカーの隆盛は想像だにできませんでした。

代表人気も凄いですが、この人気を生み出した“Jリーグ”の発想は日本サッカー界の最大の転機であり、物凄いことだったのだと常々思います。

意外とプロ化については昔からよく話題にはなっていたのですが、「絶対に無理」という結論に必ず落ち着いていました。

日本人の気質や嗜好を考えると、「サッカーにおけるプロ化は絶対に無理である。」とか「人気が継続するわけが無い。」とかいわれていたものを、現実に生み出した人々の力には感服します。

鹿島アントラーズのことを考える時に、やはりこのJリーグ発足の原点は頭の片隅において考えなくてはならないと思います。

“原点回帰”

ここから何かが見えてくるはずです!

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