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2005年10月31日 (月)

セレッソ戦(7)

長居スタジアムでは、ゴール裏のややメイン寄りの最上部にサポは位置取りしていました。これはスタジアムの屋根の反響を利用して、少ないサポの声を少しでも大きくするための作戦ということでした。

この作戦はまんまとはまって、アウェイをホームに変えることができたと思われます。(ビデオで見る映像からは鹿島サポの声しか聞こえてきませんでした。)やったね!

そして何より応援は凄かったと思います。自分達がその中にいたのでどれ程かは分かりませんでしたが、試合終了後にバックスタンドから観戦していた親戚に聞いたら「始まってから終わるまで、ずーっと大声援が続いていたけど、試合は見ていないのかなと思った。セレッソの応援は殆ど聞こえなかった。うん、凄かった。」と言ってくれました。

最後の15分どころか最初から最後まで大声援での応援だった。勝てなかったのは残念ですが、この声援が選手に届いて負けなかったのだと思うことにします。

選手たちの頑張りも良かったですよ。ホントどの選手が良くてその選手が悪いという状況では無かったのではないでしょうか。皆で攻め、皆で守り、「勝利」という結果が出なかっただけ。

このアウェイでの勝ち点1は後々必ず効いてきますよ!

ところで“赤い壁”ですが、自分のイメージと若干違ったものでした。私はてっきり自分達で持ち寄った赤い布を一斉に掲げてアピールするものだと想像していました。

でも実際は こんな感じでした。IMG_0012

確かに下から見れば赤い壁ですね。勝手に別の想像して勘違いしてました。

長居からの帰りは、行きの逆ルートも考えましたが、バスだと夕方のラッシュで高速が渋滞する可能性もあったので、地下鉄ルートを選択しました。

17時30分にスタジアムを出て、御堂筋線で長居から終点の千里中央まで行き、そこからモノレールで大阪空港(伊丹)まで。到着は18時50分位だったかと・・・。やはりバスの方が早かったか?

空港でゆっくり食事をしてからお土産を買い、20時20分発の飛行機に乗り込み羽田へ。帰りの空もやっぱりぐっすり。着陸するまで爆睡でした。

羽田の駐車場を21時35分に出て、首都高~東関道を渋滞無くすいすい鹿嶋へ。潮来ICに着いたのは22時45分でした。羽田空港からの所要時間は1時間10分とは電車で都内へ帰るよりも早いかも。

それにしても疲れた。

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セレッソ戦(6)

日帰り長居は疲れました。

昨日は移動疲れというよりも応援疲れの方が大きかったので、自分的には満足していますが、喉の痛みや声のかすれ、体力消耗が次のホンダロック戦に影響しないか不安です。

昨日は、早朝6時15分に鹿嶋の自宅を出発、鹿島神宮に立ち寄って“必勝祈願”の後、一路潮来ICから東関道で羽田へ。空港の駐車場に到着したのが7時45分なので所要時間約1時間15分。(早いですね~)空港では横浜FMの選手に遭遇しましたが、彼らはすれ違う度に私のジャンパーの胸にあるエンブレムにちらりと目をやり・・・・。ええい!見せ付けてやる~!

その後、朝食を摂って10時発の伊丹行きに搭乗、機内でぐっすり睡眠していたらあっという間に大阪上空へと着ておりました。内の嫁さんが間の前に座っていたスチュワーデスさんと試合の応援に行くという話をしていたらしく、「スタジアムでどうぞ。」と機内サービスのキャンディを袋詰めで頂いておりました。「ANAさんありがとう。」

伊丹からはモノレールで行くつもりでしたが、タイミングよく「あべの橋(天王寺)行き」のバスが到着していたのでそれに飛び乗り、約20分で天王寺に着きました。(11時40分)そこから地下鉄御堂筋線で長居へ、途中でパンとかも買い込んで入場待ち列に到着したのが12時10分でした。伊丹空港から長居スタジアムまで50分はかなり早かったのでは?

それにしても、関西のスタジアムの持ち物検査はいい加減ですね。かばんのジッパーを開けて上から覗き込むだけでOKとは、ならやらない方がましでは?

そんなこんなで、なんとか無事にアウェイの熱狂エリアを確保できました。

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2005年10月29日 (土)

セレッソ戦(5)

いよいよ明日、大一番を迎えます。

両チームとも負傷者続出でまさに死に物狂いの戦いとなるでしょう。でも、我々サポーターは元気一杯のはずです。まずは我々がセレッソサポーターに勝つことが絶対に必要です。そのためにも皆でゴール裏に赤い壁を作り出し、最初から最後まで90分間声を出し続けるぞ!

選手が最も疲労して足が止まってしまう時間帯“最後の15分前”に全精力をつぎ込んで、動くことが出来ないはずの選手の後押しをします。これまで何度も奇跡を起こしてきた鹿島サッカーの醍醐味は最後の15分、その時になすべきことを我々サポーターが今一度思い起こし、逆転へのシナリオを書き上げる。

我々は“奇跡を起こせ”は歌わない!

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2005年10月28日 (金)

サポーターとクラブの関係(2)

サポーターとクラブの関係は?

キザな例えを用いますと、「恋」と「愛」の違いっていうのがあてはまるかと。

「恋」とは自分が好きな人に自分のことも好きでいて欲しいなどと相手に見返りをもとめるもの。
「愛」とは自分が愛することができればそれでよく相手に見返りを求めないもの。
というフレーズを何かで知った記憶があります。

サポとクラブはまさにこの関係ではないでしょうか?

サポーターは「アントラーズが大好きでどんなことでもできる・・・。」MAX VOLUMEⅡの歌詞にもあるとおり、全てをアントラーズにささげる気持ちでいる。「これだけ我々は想い行動しているのだからクラブもそれに応えよ。」といっている訳ではない。「クラブはサポーター同様に自分達のチームのためにもっと行動しろ。」といっているのだ。

決してクラブに見返りを求めている訳ではない。

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2005年10月27日 (木)

サポーターとクラブの関係

アントラーズFCの発行する月刊誌「フリークス」からサポーターのページが消えました。

これまでもサポーター代表のK氏が中心となって、サポとクラブの橋渡しをやってきましたが、様々なアントラーズを良くするための改革案についてサポの提案をクラブ側は「フリークス」からのサポーターページの削除ということで対応したということらしい。

「クラブ側の都合のいいようにサポーターを取り上げる『フリークス』。」という風にサポ側は捕らえられるのだが、クラブとしては社会的な公平性からサポーターグループの声にに対応しなくてはならないという事情は分かる。

しかし、そういったクラブの考えでは劇的な改善は絶対に不可能である!こういうことは責任のない集団(悪い意味ではない)が体裁にとらわれない自由な意見や最も有効と思われる意見を述べることが大事なのである。世間ではこれをファンの声と言うが・・・。この無責任な意見をいかに実現していくか。「正しい判断はこうだけと、ファンがどうしてもっていうから○○することにした。」っていう風に理屈をつけて改善していくのがセオリーでしょう。

でも今回、クラブはこのファンの声を消し去ってしまった。この責任は大きい。

いったいこれまで地元やサポーターとともに歩んできたアントラーズFCはどこへいってしまうのだろう。クラブ組織(社長以下全ての職員)の考え方に疑問を抱かざるを得ない。

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セレッソ戦(4)

トルシーダ12(アントラーズサポの中心的サイト)の会議室で、“セレッソ戦では赤い布でゴール裏を真っ赤に染めよう”という書き込みがありました。何でも前回長居(ナビスコ予選)で負けたときに、コールリーダーから「次に来る時は赤い布を持ち寄ろう。」といった話があったとか。前回はゲーム終了後すぐにスタジアムを後にしたのでそのあたりはどうだったのかは定かではありません。

でも、そんなことは関係ない!当然、私も持って行きますよ、赤い布を!

何がいいかな。ゲーフラでもいいでしょうが、例えば、クラブハウスで買った赤いブランケットでもいいだろう。時間があればサイトに紹介されていた“布激安天国”日暮里まで行って調達できるのだけど・・・。

いずれにしろ少しでも多くの参戦者に気付いてもらえるように、このブログでも紹介しておきます。

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2005年10月26日 (水)

セレッソ戦(3)

日曜日のセレッソ戦は当日に鹿嶋から移動する予定です。

行程は、朝10時頃の羽田発ー11時伊丹着。モノレールで千里中央まで行って御堂筋線で長居まで行くといったルートです。帰りはその逆ですが、17時に試合が終了し慌てて帰るのは嫌なので、ゆっくりと時間をとれるように伊丹発20時過ぎの最終便で羽田に帰る予定です。羽田ー鹿嶋はマイカーで、帰宅は23時過ぎかな。

マイカーで長居まで行こうかとも考えましたが、どうしても日帰りの日程しか取れず、そうなると車での往復は体力的に相当厳しいので飛行機で行くことをセレクトしました。

奥義として「いっしょにマイル割り」の利用を狙っていましたが、本日予約最終日なのに満席でゲットできそうにありません。仕方ないけど虎の子の株主優待券を出しますか。大分戦で使おうと思って大切に取っておいたのですが、大分戦は嫁さんのバースデー割引という別の手段もあるので、優待券をここで使わない手はないでしょう。

時間と体力があれば、もっと安く移動できる方法は沢山あるのに~。残念!

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2005年10月25日 (火)

セレッソ戦(2)

セレッソのゼ・カルロスと前田が負傷離脱。そのため苔口と藤本がU-20代表召集を辞退して交替出場!セレッソも緊急体制だぞ。

いいね~天王山(第2弾)らしく緊張感が高まってきたぞ。道は険しいほど戦いがいがあるというものだ。望むところだ!

うちも本山の首の状態が思わしくなさそうだが、うちにだって野沢がいる、増田がいる。これまでの3回の対戦の時とは違い代表組もいる。当時、故障で出場できなかった新井場もいる。セレッソ戦では今年初めてベストメンバーで奴らを血の海へ!

忘れては困るが、鹿島には我々熱狂的サポがいる。今こそ長居に終結して、選手と共に本当の鹿島の力を見せつけてやろう!

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2005年10月24日 (月)

セレッソ戦(1)

さて、今週もスタジアム参戦です。今度の相手はにっくきセレッソ!あのナビスコ予選での悔しさは今も忘れることができません!

コールリーダーのA氏が試合後に言った「この悔しさを忘れるな!同じチームに4度はまけられねえ!いいか絶対に忘れるな。!」という言葉が昨日のことのように思い出せます。

正直言って、リーグ成績とは別の意味で負けるわけにはいかないという思いが相当強いです。多分、参戦する皆も同じ思いでしょう。

絶対に勝つ!勝たせるためにキックオフからMAX VOLUMEで行きましょう!

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ディープインパクト

昨日の菊花賞で史上2頭目の無敗の3冠馬が誕生しました。この記念すべき日にブログを立ち上げたので、ディープインパクトに関する話を少し。

今年の9月中旬頃に、ディープインパクトの池江助手が「もう、プレッシャーで大変ですわ。」と(既にその時期に)かなりの心労あることを打ち明けていたとか。 夏を無事に過ごすことができたことなのか、それとも菊に向けてのプレッシャーだったのかは分かりませんが、きゅう舎内で全ての管理馬やきゅう務員に対してバランスよく接することを求められる“調教助手”の立場である人でさえそれほどの心労を受けているならば、責任者である池江調教師や直接の担当者である市川きゅう務員の心労はどれ程大きなものだったのでしょうか?

本当は「自分達の馬」であるはずの馬が、いつ頃から「自分達だけのものではない馬」に。

ダービー?いやいや皐月賞を勝ってからJRAにとっては大切な大切なスターホース、ファンにとっては自分達が歴史の証人になれる千載一遇のチャンス、と様々な期待がこの馬にかけられ、関係者にとっては喜ばしいことではあっても精神的にはかなりきついものだったでしょう。

そういう意味からは、皐月賞、ダービーまでは自分達の馬、菊花賞は自分達だけのものではない馬!いつ頃からか「ファンの期待を預かった」そのような感覚が関係者にはあったのでは?

でも、関係者にとって、3冠を達成したディープインパクトは再び自分達の馬に戻ることだと思います。これからはJC、有馬、天皇賞とGⅠレース連覇の期待がかかりますが、プレッシャーなしで調教管理されファンとともに連戦連勝を目指して欲しいものです。

関係者の皆様お疲れさまでした。改めて3冠達成おめでとうございます。

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2005年10月23日 (日)

鹿嶋市民になるまで(1)

私が鹿嶋に住むことを心に決めたきっかけは、会社のNK先輩に誘われて行った味の素スタジアム(その頃は東京スタジアムだったかな~?)でのJリーグ戦でした。でも、そのゲームはアントラーズではなくFC東京のホームゲームでした。

東海地方のサッカーの盛んな土地で育った私は、小学校4年生から高校3年生までサッカー部で結構優秀な成績でしたが、大学で通用する技術はとてもなかったので大学では違う体育会系のクラブに入りました。そんなサッカー経験者がJリーグの試合を初めて生で観戦したのはリーグの開幕から10年過ぎたその日だったのです。

昔のサッカーしか見たことのない私にとって、スピード感あふれるゲーム展開やスタンドの大きな声援はとても素晴らしいものでした。

「これははまってしまうぞ!」と感じたのもつかの間、NK先輩から「住んでいるところが茨城ならカシマスタジアムに行くといいよ。あそこはサッカー専用スタジアムだからここ(味スタ)よりもばっちり見えるし、応援も凄いから見ていてとっても面白いよ。また“もつ煮”とか食べ物が美味いんだ!」と教えられ、私の心の中ではまだ見たことのないカシマスタジアムでの試合を想像し、すでに期待感が一杯に広がっていました。

その日は、FC東京戦の余韻よりもカシマスタジアムに行くことで頭の中は埋まっていました。家に帰ってからすぐに鹿島アントラーズのホームゲームの日程を調べ、仕事の都合がつく日を選び、チケットを求めるため近所のファミマに走りました。

2003年の8月、ナイターでの名古屋戦でした。

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はじめまして

はじめまして。鹿莫迦(しかばか)といいます。
今日からココログをはじめることになりました。ブログ初心者ですのでよろしくお願いします。

鹿島アントラーズを大好きになって、色々と鹿島を調べていくうちに鹿嶋という地域自体が好きになりました。こうなったら是非ともアントラーズのホームタウンに住んで、これからはチームをサポートしていくことをライフワークにしようと考え、遂に今年の3月に鹿嶋に引っ越してきました。
現在、ここに住んで8ヶ月が経とうとしていますが、鹿嶋というところはアントラーズだけでなく都会にはない“ゆとりや豊かさ”が実感できる町だということに改めて気づかされているところです。

そんな鹿嶋に関するネタや、常勝「鹿島アントラーズ」の話題を中心に書いていこうと思っています。

どうかよろしくお付き合いの程を。

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